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系統比較法の歴史

3/25/2017

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みなさんこんにちは。

「ゼロからはじめる系統比較」シリーズをはじめるにあたって説明が必要なのが系統樹の概念と、系統比較法が必要とされるに至った歴史的過程です。概念的な話はしないと言っておきながらいきなりなんですが、なぜ系統比較という統計手法がそもそも出てきたのか、そもそも系統樹とは何か、その背景について紹介したいと思います。
ダーウィンが種の起源を出版した1859年より前からプロトタイプ系統樹とでもいうようなものは存在していました。それは近代的生物学の起源の一つである博物学の目的が動植物の分類であったことと関係しています。生物をその形質に応じて系統だって記述・分類するという学問は分類学と呼ばれ、18世紀にウプサラ大学の教授を勤めたカール・フォン・リンネの提案した階層的枠組みによる近代的分類体系が大成功を収めてからはスケールの異なる階層(界・門・綱・目・科・属・種)に「系統的に」生物を記載することが分類学のスタンダードとなりました。
この時代に確立した階層を使った分類という概念は現代の系統樹にも通ずるアイデアだったため、
系統樹らしき図がダーウィン以前にもあったのは驚きではありません(図1)。とはいえ、系統樹の示唆する重要な情報である「祖先種」を介した時間的繋がりは伝統的な分類学の流れを汲んだ系統学にはありませんでした。分類法としての簡便性だけが生物学的な価値に先立って存在していたのです。その点、最も古いとされている現代的系統樹を考案したエドワード・ヒッチコックが地質学・古生物学者であった点は大変示唆に富むものです。伝統的な分類学が決定的に欠いていた「時間軸」の概念を生物学に吹き込んだのは地質学と古生物学だったのです。ダーウィンの発想に大きな影響を与えたと言われるチャールズ・ライエルもまた地質学・古生物学者でした。
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図1(上)哲学者エドモンド・プルショットのポルピュリオス系統樹(1730)(下)エドワード・ヒッチコックによる初めての近代的系統樹(1840)
このように​系統樹の歴史を紐解くとわかってくるのは、系統樹とは種間の系統関係と種間の時間的隔たりに関する記述で構成された情報の集合であることです。前者はトポロジー、後者は枝長と呼ばれます。

系統樹概念の確立は生物学に新たな潮流を生み出しました。それまで専ら記載を生業としていた分類学者は歴史学者として研究をする理論的基盤を手に入れました。発生生物学者はそれまで知られていた発生学的知見を進化史の文脈で解釈することを始めました。こういった流れから現代主流の生物学(分子系統学やEvo-Devo)は派生してきたのです。しかし系統樹は生物学の新たな時代を作ったと共に、新たな問題も生み出しました。それはダーウィン以降大きく発展した生物学の分野の一つ、遺伝学と関連する問題でした。
遺伝のメカニズムはダーウィンが進化論を発表した当時ほとんど知られていませんでした。進化論の発表後1900年にメンデルの有名な研究が再発見されましたが(メンデルの研究そのものは進化論発表以前に発表されていました)、遺伝子の実体(DNA)はなおわかっていませんでした。そのため当時の遺伝学者は表現型を観測し、そこから遺伝の法則について推測するというアプローチを取っていました。このアプローチが統計学の起源です。あまり知られていないかもしれませんが、今日生物学を問わずあらゆる分野で活躍する統計学はもともとDNA以前の遺伝学者が遺伝学の研究のために発明した方法です。歴史初の回帰分析は遺伝学者フランシス・ゴルトンが身長の遺伝率を推定するために行なった親子間の身長の分析です(図2)。また、統計学の教科書に名を残すピアソンやフィッシャーが皆遺伝学者であることにはこういう背景があるのです。
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図2 フランシス・ゴルトンが行なった親子間の身長の回帰分析(Galton 1886, J. Roy. Anthropol. Inst. 15:246-263)。ピアソンが後に相関係数として定式化したパラメータはゴルトンが身長の遺伝率を推定するために出したアイデアが元となっています。
遺伝学者が発明した数ある統計手法の中でも応用面で画期的だったのは交配した動植物の形質値のばらつきを親子関係(血統図 pedigree)に基づいて遺伝的成分と非遺伝的成分へ分配するというアイデアでしょう。親子兄弟の形質が類似していて血統図上の距離が離れれば離れるほど形質が異なることを利用して形質の遺伝成分を推定し、効率的な品種改良に役立てたのです。このアイデアはより一般的には分散分解(variance decomposition)と呼ばれるもので、分散分析(ANOVA)その他の解析の根幹でもある重要な概念です。

さて、この「血統図を用いた分散分解」というアイデアこそが後に20世紀後半になって種をまたぐデータを解析する際に系統関係が問題視された議論の根底にあります。血統図pedigreeが個体間の系統図であるとすれば、系統樹は種を個体に見立てた場合の系統図です。つまり、親子兄弟間の形質が遠い親戚よりも似ていることと同様に系統的に近い種同士は似た形質を持っています。分散分解の視点からは、系統図で繋がれた個体間の形質のばらつきは遺伝的成分と非遺伝的成分によって構成されている一方、系統樹で繋がれた種間の形質のばらつきは系統的成分と非系統的成分によって構成されているという見方ができます。そのため、種間のデータを解析する場合、系統樹情報が無いとこれら2つの異なる分散成分をごちゃ混ぜにしてしまう結果となります。こういった背景から系統比較法が必要となってきました。この文脈でいうならば、系統比較法は種をまたぐデータを系統的に受け継がれてきた分散成分と系統とは独立な分散成分とに分解する手法であると言えるでしょう。
まとめ

今日のポストでは系統樹と系統比較法の歴史をまとめました。その中で
特に系統樹がトポロジーと枝長から構成された情報の集合であること、そして系統比較の根幹には種間のばらつきを系統的成分と非系統的成分とに分解するというアイデアがあることを説明しました。次からはいよいよ実際のhow-toについて説明しようと思います。

それでは、また。
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    北欧で研究している日本人進化生物学者

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Masahito Tsuboi (Ph.D.)

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